大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)5006号 判決 1976年3月22日
原告
桐畑スエノ
被告
有限会社平田鞄嚢製作所
ほか一名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1被告らは各自原告に対し金一三二九万二八二〇円およびうち金一二〇九万二八二〇円に対する昭和四五年五月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 被告ら
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二請求原因
一 事故
訴外浅井一夫はつぎの交通事故により昭和四五年五月二四日死亡した。
1 日時 昭和四五年五月二四日午後七時一〇分ころ
2 場所 三重県阿山郡伊賀町御代インター附近
3 加害車 普通貨物自動車
運転者 被告福島
4 態様 亡浅井同乗の加害車が道路中央線を越えて進行中対向車と衝突した
二 責任原因
1 運行供用者責任(自賠法三条)
被告会社は加害車を所有し、自己のため運行の用に供していた。
2 一般不法行為責任(民法七〇九条)
被告福島は無理な追越のため道路右側を進行した過失により本件事故を発生させた。
三 権利の侵害
原告は昭和三九年頃から亡浅井の内縁の妻として共同生活をしてきたものであるところ、本件事故による同人死亡のため扶養請求権を侵害され、且、財産上、精神上多大の損害を被つた。
四 損害
1 扶養請求権侵害による損害(亡浅井の逸失利益) 金九〇九万二八二〇円
亡浅井は事故当時五九才で被告会社に勤務し、少くとも年間金一六八万円の収入を得ていたところ、本件事故がなければなお七、九年稼働し右同程度の収入を得たものと考えられるから、同人の生活費を年額金三〇万円とし、同人死亡による逸失利益を算定すると右金額となる。
2 慰藉料 金三〇〇万円
3 弁護士費用 金一二〇万円
五 損害の填補
原告は自賠責保険から金一六九万四〇二九円の支払をうけた。
六 結論
よつて本訴請求におよぶ(但し、弁護士費用に対する遅延損害金は請求しない)。
第三答弁
請求原因一、二項は認める。
同三項中、原告が亡浅井こと金河景と同居していたことは認める。然し、同人には戸籍上の妻子があり、又、過去の内縁の妻との間に子供もあるらしく、損害賠償請求権者の範囲が不分明である。
同四項は争う。
同五項は認める。
第四抗弁
一 示談
原告と被告ら間では昭和四五年一一月一八日つぎのとおり示談が成立した。
1 被告らは連帯して治療費、看護料その他一切の必要経費を負担する。
2 慰藉料その他一切の解決金は自賠責保険、対人保険、搭乗者保険に請求し原告が受領するものとする。
而して原告は自認のとおり自賠責保険金の支払を得た。
二 弁済
被告らは原告に金三五万円を支払つた。
三 好意同乗等
本件事故は亡浅井ら被告会社従業員が慰安の魚釣に行つた途上発生したものであるから同人自身加害車の運行供用者として、或いは少くとも好意同乗者としてその損害額は減額されるべきである。
第五原告の答弁
抗弁一は認める。
第六再抗弁
一 錯誤による無効
原告は自賠責保険から少くとも金五〇〇万円は支払われることを前提に示談に応じたところ、同保険からは、亡浅井に非嫡の子があるとの理由で前記金額の支払を受けたのみである。よつて右示談は金額の点において要素の錯誤がある。
二 債務不履行による解除
右示談により被告らは保険金請求手続をなしたうえ原告に金五〇〇万円を支払うべきところ、被告らは保険金請求手続の履行を怠り(そのため原告は昭和四八年に至りようやく被害者請求により自賠責保険金を受けた)、又、右保険金を除く残余の示談金の支払をしない。そこで、原告は被告らに対し、同年五月一七日付書面をもつて右保険金を含む金八〇〇万円の支払を催告し、同日、右書面は被告らに到達している。
よつて原告は被告らの右債務不履行を理由に本訴提起を以つて示談契約を解除したものというべきである。
第七被告らの答弁
再抗弁一は争う。示談成立の際、自賠責保険から金五〇〇万円でるとの話等は全くなく、ありとすれば原告が内心で思つていたにすぎない。
同二は争う。右示談により被告らが原告に対し金五〇〇万円の債務を負担したことはない。又、自賠責保険は原告が被害者請求をする約束であつた。従つて被告らに何らの債務不履行もない。
理由
一 事故の発生
請求原因一項の事実は争いがない(但し、成立に争いのない甲一四号証の一、二、乙二号証によると、亡浅井は韓国籍で金河景という)。
二 責任原因
請求原因二項の事実は争いがないから、被告会社は自賠法三条により、被告福島は民法七〇九条により本件事故による原告の損害を賠償すべき責任がある。
三 権利の侵害等
前記甲一四号証の二、成立に争いのない甲七号証、原告本人尋問の結果によると、原告は昭和一三年生れ、亡浅井は明治四四年生れであるが、昭和三九年三月頃から同居を始め(当時、原告には夫があつたが昭和四三年五月協議離婚した。又、亡浅井には戸籍上韓国籍の妻子がある)、以来事実上の夫婦として共同生活を営み、本件事故がなければ終生同様の夫婦生活を維持したのであろうと認められる。
従つて、原告は亡浅井の事実上の妻として、本件事故のため同人に対する扶養請求権を侵害され、又、同人死亡のため精神的損害を被つたことは明らかであるから、被告らに対しその賠償を求め得べきものといわねばならない。
然しながら原告と亡浅井の関係は、いわゆる重婚的内縁であるから原告の損害額算定にあたり十分斟酌されねばならない。
四 示談
被告の抗弁一は争いがない。なお、成立に争いのない甲一二号証の六(乙一号証)、七、証人山本の証言、原、被告各本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、示談条項1については被告らにおいて支払済であり同2については、被告会社は加害車につき自賠責保険のほか任意保険にも加入しているので、その保険金額の限度内で亡浅井死亡による損害の填補はまかない得るから、本件示談についても具体的に金額を定めず、右の各種保険から支払われる保険金をもつて示談金とする旨の合意をなしたもので、故に、自賠責保険については被告会社が、いわゆる加害者請求をするものではなく、原告において被害者請求をする(尤も、その手続は被告会社が代行して行う)取決めであつたものと認められる。
よつて原告の再抗弁一(錯誤による無効)について判断する。
本件示談の内容は右認定のとおりであり、保険金が五〇〇万円以上支払われることを前提にして締結されたものと認むべき証拠はない(右は、当時自賠責保険の限度額が五〇〇万円であるところから原告において右限度額が支給されることを期待していたのに止まり、示談契約の内容になつていたわけではない)。
ちなみに、前掲各証拠により本件事故当時に立戻り亡浅井の本件事故による損害を算定すると以下のとおりとなる。
1 将来の逸失利益 金二二四万八七八〇円
亡浅井は死亡当時五九才で被告会社に勤務し、少くとも昭和四五年度賃金センサスによる同年令男子労働者の平均賃金(年額九〇万二四〇〇円)程度の収入を得ていたものと認められるところ、本件事故がなければなお六三才に至るまで四年間稼働し右同程度の収入を得たものと認められるから、同人の生活費を収入の三〇パーセントとし、ホフマン方式により年五分の中間利息を控除のうえ同人死亡による逸失利益を算定すると右金額となる。
2 慰藉料 金三〇〇万円
本件事故は亡浅井らが被告会社所有の加害車を用い魚釣りに行つての帰途発生したものであることその他諸般の事情に照すと、同人死亡による慰藉料額は右金額が相当である。
ところで、原告が亡浅井の内縁の妻として被告らに対し求め得る損害賠償額は、前認定の亡浅井の戸籍上の妻子の存在を考慮するならば右合計額を超えざるべきこと疑ない。
而して、原告が昭和四八年に至り被害者請求により自賠責保険から一九六万四〇二九円の支払を受けたこと当事者間に争いないが、前掲証人山本の証言、原被告各本人尋問の結果によると、自賠責保険金の支払が遅れたのは、被告会社が代行していた保険金請求の手続が、亡浅井が韓国籍であるうえ、戸籍上の妻子の存在が判明したため頓挫をきたしたことも原因であること、又、支払われた右保険金は亡浅井の相続人たる子の分を控除した残額であるところ、同人は原告に対し右保険金を受取る意思のないことを表明しており、原告と同人が協同して所定の手続を経れば、自賠責保険金の同人分は原告に支払われる余地があることが窺えるのである。
以上の事情に照すと、亡浅井の相続関係が不分明な本件においては右示談の内容にあながち不当のものということを得ず、原告に示談締結に際し要素の錯誤ありたるものと認めることはできない。
よつて原告の再抗弁一は理由がない。
次いで、原告の再抗弁二(債務不履行による解除)について判断するに、前認定事実により明らかなように本件示談履行につき被告らに債務不履行は認められない。
よつて原告の再抗弁二も理由がない。
原告が本件示談に基き自賠責保険金の支払いを受けていることは前記のとおりであるから原告の本訴請求は理由がないことに帰する。
五 結論
よつて民訴法八九条を適用のうえ主文のとおり判決する。
(裁判官 蒲原範明)